登美子の感じる世界

自分の中の“愛と平和”を育む奮闘日記。うんとこしょ♪

詩に書いた『ママからの秘密』

昨日、詩人の白井明大さんを講師の【言葉を探す旅】という言葉のワークショップを開催しました。今年で4年目になります。

 

事前に提出の課題が、「音と声」を意識して書く・・ということでした。

 

その書いた詩を掲載します。

 

この詩の味わい方、、、、

 

女性”には、お母さんになったつもりで、できれば、声に出して読んでみてほしいです。

男性”には、初恋の女の子のことを思い出しながら、読んでみてほしいです。

 

そして、読み終わったら、

恋人や、家族や仕事仲間のことを、是非思い出してみてください。

 

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『ママからの秘密』 

 

ゆうちゃんも十二歳になって

好きな男の子もいるようだし?

そろそろママから恋の秘密を教えてあげる

 

いい?

 

まず好きな子ができたらね

一人のときに

その子の名前を口に出して呼んでみるの

馬鹿みたいで恥ずかしいかもしれないけど

毎日何回かは呼んでみて

 

一人のときに呼ぶ練習をしておくと

本当に学校で挨拶をするときだって

優しく話しかけられるんだよ

ちょっとはドキドキも減るかもしれないし

 

それで

ここが大切な所なんだけど

それは好きな子のためだけじゃないの

ゆうちゃんがゆうちゃんの声で

優しくなっていけるのよ

 

人はね

優しい気持ちで

誰かを呼んだり呼ばれたりすると

自分は大事に扱ってもらえる人なんだって

どんどん体に優しさが染みてくるの

 

それは

自分で言って自分の耳で聞いてだって同じで

ちょっとずつ安心して

私は大丈夫だって気持ちになっていけるものなのよ

 

ここまでいい?

 

それで

いよいよ両想いになったときにはね

 

好きな子の前で

もっと優しく名前を呼ぶの

最初の文字から最後の文字まで

全部大事に呼ぶの

 

ゆうちゃんは何も考えなくてもそう出来るだろうけど

中には好きな子にだって

優しく呼ぶのが下手な子もいるのよ

 

大きくなってくる間に

優しく呼ばれた回数が少ないと

よく分からないものなの

 

好きになった子がそういう子だと

ちょっと寂しい気持ちになるかもしれないけど

ゆうちゃんは変わらず優しく呼んであげてね

そういう子には特別に

あなたの事が大好きだよって気持ちを込めてね

 

まぁ

思春期男子は恥ずかしがっちゃってダメだから

そこはゆうちゃんの腕の見せどころだけどね

ママの娘だからきっと大丈夫

 

誰だって

何度も何度も名前を呼んでもらって

優しさを育てていくものなんだから

私ばっかりなんて損した気持ちにならないで

諦めないのが肝心

 

 

人はね

どうにかして自分が生き残っていくために

自分だけは!って気持ちがぎゅ〜っと詰まった

小さくてとっても冷たい粒みたいなものを

心の真ん中にもってみんな生まれてくるの

 

そのことは

ただ知っているだけでいいし

あんまり深く考えなくてもいいんだけど

 

悲しい気持ちで育ってきた人はね

それがどんどん大きくなって

優しさを入れられる場所なんて

ほんのちょっとしかないの

 

でも

好きになった人に

優しく何度も名前を呼んでもらって

自分でも

優しく何度も名前を呼んでいるうちに

 

少しづつ

その粒が溶けて小さくなっていって

優しさを入れられる場所が出来てくるの

 

ゆうちゃんだって

好きな人に

もう好きじゃないって言われたら

その粒が大きくなるかもしれない

 

でも

何度も名前を呼んでもらって

心と体に染みた優しさが

ぎりぎりのところで

その粒が破裂しないように守ってくれるのよ

 

だから

ゆうちゃんたちみたいな年から

優しい気持ちで名前を呼び合うことが大事なの

一度優しさが詰まったら

そうそう簡単には冷え切ったりはしないから

 

それは好きな人だけじゃなくて

友だちにも家族にも誰にだって

ゆうちゃんが優しく名前を呼ぶ度に

みんなが少しずつ強くなっていけるの

 

この秘密は

簡単で誰にも気付かれないことだけど

本当にすごい事は

大体ひっそりとしていて

でも

すごいパワーをもっている

 

ゆうちゃんはね

みんなからたくさん名前を呼ばれて

愛されて大きくなってきたのだから

きっと上手に出来るはず

 

ううん

特別に上手に出来るように

パパとママで『優』って名前にしたのだから

 

 

またいつか次の秘密を教えてあげる

 

 

好きな子と両想いになれるといいね

ママ応援してる

パパは応援しないかもしれないけどね

 

 

 

 田川登美子

 

2017/12/4

 

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終了後の交流会で、「頭のネジが2本か3本抜けてないと、こんな詩は普通照れくさくって書けないよ〜」と、ビール片手に楽しそうに白井さんがおっしゃいました(勝手に褒め言葉で受け取っていますが。笑)。違うんです。自分ってなんだろう?と自分に突きつけつづけてきました。必死で。その覚悟が、白井さんのおっしゃるところの、ネジを抜く・・ということなのだと思います。悶々と葛藤してきた過程が、どうも人柄に滲みでないのが残念です(大笑)あ、ちなみに、私に娘はおりません。

 

白井さんとの『言葉を探す旅』、とても面白いので興味ある方、次のときには、是非ご参加くださいね。

 

登美子

 

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人生の喜びって、感動×感動。

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私は、自分にご縁のある人が、一生懸命やっている姿を見るのが好きです。

 

「(うちのスタッフ)Kさんの歌がすごく上手でしたよ!普段のしゃべり声と違うんです。すごく格好良かったんですよ。」なんてことを先日仕事仲間の女の子に教えてもらいまして「私だってKの歌っているところ見たい〜!うき〜!」って気持ちになりました。

 

例えば、子どもの運動会もそう。上手下手関係なく、必死になる姿を見ると、「生きている」ということを感じて、胸がいっぱいになります。私はそれほどではないけれど、スポーツ観戦が好きな人な多くの人たちもそうなんではないでしょうか?

 

私の場合は特に、自分の暮らしの中で出会う関わりのある人のそういう姿を見るのが大好きです。得意なことや、かっこいいところを見るのが大好き。「○○に行って、こんなことを感じた〜!」という話しの内容もそうなんですが、それを話す知人の表情を見ているとわくわくします。幸せそうな様子も大好物!

 

仕事仲間のお嬢さんのダンスの動画をたまに見せてもらうことがあるのですが、これも大好物。踊りとか最高。それを話す彼女の出し切らないけど、可愛い娘への愛情が溢れてしまう感じも、私までうれしくなる。

だって、歌う、踊るって、、もう天国、竜宮城と同じですよ!

汗をかいてスポーツする姿も素敵。

一生懸命やりたい事に向かう姿を見るのって、本当に天国みたいな気持ち。

 

時に、人生の難しい問題に対面して泣いて必死な人の姿を見ても、感動します。同時に、今は困難な状況だけど、きっとこの人は大丈夫だと確信をもちながら見つめます。

 

感じて心が動くこと。

感動。

 

自分が体験した出来事を一人で満足するのではなく、誰かに聞いてもらいたい。ここで書いていることも、感じあいたいからなのだと思います。日常の限られた小さな人の輪の中で、ご縁のある人たちと、感動しあうこと、受け取りあうこと、聞きあうこと、お互いに気持ちが満足になるまで感じあえるのが、人生で最も幸せな瞬間ではないでしょうか?

 

そんなネタで笑えるような時は、多分私はちょっと涙ちょちょぎれている(←死語・・)と思う。

 

人が幸せそうなのって、本当に美しい。

もうその美しさですぐ胸がいっぱいになってしまう、私なのです。

 

 

 ・・・最後に、付け加えると、

 

やらねばならないという責任感で動く時、最初は嫌々でも、最終的にその「・・ねば」を、やる【覚悟】に変えることができた人の姿は、美しい。

 

私の子どものとき運動会では、私は走るのが遅い方だったので本当に嫌だったのだけど、欠席する勇気もなく、、、思春期でもありましたから、嫌で嫌で。でも走る瞬間は「そんなこと言っても仕方ない、どうせ走るんだから出来るだけがんばるぞ!」と子どもながらに覚悟をもって走りました。だから見ている親は感じることがたくさんあったと思うのだけど、走っているときも、「嫌だな〜」と思いながら走ると、美しさは伴わないだろう。

 

それって、喜びがないから。見ている側の捉え方の問題でなく、走る側の問題として、運動会で走った私には、きっと少しばかりは美しさがあったのだと思う。だって、家族みんなでお弁当作って観に来てくれていたから、だから、中途半端な事なんて出来なかった。朝までぐずぐず言っていた私をお母さんは励ましてくれたし、「お父さんも応援に行くよ。」なんて父が微笑むから。(余談だけど、今の運動会って、家族でお弁当食べないところが多いんですよ。)

 

1番で駆け抜ける運動会のヒーローの美しさ、悔しがって泣きそうな2番の美しさ、6番で走るのが苦手な子が最後まで必死で走る美しさ。何番であろうと、その子その子の力量と想いと願いの本気さによって、輝きが違ってくる。1番だって、ピンと来ない1番もまれにある。

 

最近、【覚悟】という言葉をよく使う気がする。

 

楽しく生きるコツの中の一つには、【覚悟】ということがあると思う。

そして「なるようにやって来ただけです。」なんて言う方に限って、目の前に登場するステージに対して、【覚悟】をもって生きて来た方が多いように感じている。

 

 

幼稚園や保育園の子ども達は、自分を信じる力が純粋であるから、美しい。

自分を信じる力か〜。ダメだと諦めたら美しさは減るってことですね。。ふぅ〜。それを老化というのかもしれない。どこかで熟れきってしまうのは、つまらないですよね。

 

 

誰がどう見るか?などと関係無く咲く花の美しさは、無心が故。

無心で生きる姿は、それだけで、美しいんですね。

 

【今を生きる】と最近また良く耳にするようになりましたが、

きっと【今を生きる】というのは、花のように生きる〜ということなんでしょうねぇ。

 

いや、今日も暑いですね。気温です。気温♪

 

 

 登美子

 

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日々のことを書くということ

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みなさん、お久しぶりです。登美子です。

毎日文章を書きたくて、うずうずして、毎日毎日を過ごしてきました。でも、みなさんもだと思いますが、仕事と日々の暮らしで慌ただしく過ぎていくものです。

 

文章を書きたい〜というのは、私の場合は知らせたい事がある〜というとで、数時間ごとに、あぁそうなんだ〜、そういう事かもしれない〜と、感じることが多くて、「あぁみんなにも知ってもらいたい〜!」と思いながら、毎日過ごしてきました。いつも共有したいことがあるんです。

 

でも、自分の顔をだして始めたブログには、後から振り返っても後悔のないような文章を掲載したい〜、心に染みるような言葉で掲載したい〜と、自分の宝物のように思っていたので、気軽に書き上がることはなく、書きかけの原稿ばかりが積み重なってきました。

 

でも最近、携帯からみんな気楽にブログを掲載していて、特にフリーで仕事をしている方たちは、気楽に日々の報告をあげていることが目にとまることが多くなってきました。でも、私は日々の報告をしたい訳ではないんです。それがあったことで、私が何を感じて、それをどう取り扱うのか?を、私なりの考え方や閃きを共有したいのです。

 

そんな中、昨日、尾木ママダイアログ・イン・ザ・ダーク】という企画で同じグループになって、何度か手を取り闇の中を歩く〜という愉快な出来事がありました。それで尾木ママについて詳しい訳ではなかったので検索してみたら、ブログですでに【ダイアログ・イン・ザ・ダーク】体験の報告が掲載されていました。

 

平易な言葉で取り繕うことなく、あったこと、感じた事が書いてありました。

 

【オギ・ブロ】
尾木ママのブログでの【ダイアログ・イン・ザ・ダーク】体験報告
その1 https://ameblo.jp/oginaoki/entry-12300701046.html
その2 https://ameblo.jp/oginaoki/entry-12300763995.html
その3 https://ameblo.jp/oginaoki/entry-12300796048.html

 

 

また、【ダイアログ・イン・ザ・ダークが終わってから、グループで一緒になった個人参加の女性3人とお茶をご一緒しました。それでなんでそうなったのか?よく覚えていませんが、私の人生について聞かれてあれこれお話をしてきました。なんか生き様自体がおもしろそう?で、興味をもっていただけたようです。

 

多分彼女たちが私に興味をもったポイントは、平易な言葉で伝えられることばかりだったのだと思います。とりまとまった結論や結果、言葉の余韻などではなく、私が日々「あぁ、みんなに知ってもらいたい〜!」と思う、私がわくわくしていることの小さな些細な日常の出来事の中の積み重ねが、私の生き様を作っているのだと感じました。

 

だから、もっともっと気楽に書けるよう「日々のこと」というカテゴリーを作りました。

 

facobookに書いた大事な気持ちがタイムラインで流れていくのがとても寂しくて嫌だったんです。報告程度ならいいけど、何を感じたのか?が、あとからちゃんと振り返ることができないのが、もったいなくて。

 

だから、もっと気楽に「日々のこと」を書く練習をしたいと思います。

 

自分にとっての気持ちをまとめたような、宝物の文章はそれは別のカテゴリーで自分を大事にしながら。書く時間を自分のご褒美にして。

 

「日々のこと」を書く練習をしようと思います。

 

それが、読んでくださる方の人生の小さな閃きに繋がりますように、祈りながら、、、でも、笑っちゃうような愉快さを愛しながら。

 

読んでくれてありがとう。

今日も幸せです。

 

日々が幸せなら、人生は幸せなはず。

日々の報告が、私の生き方の報告でもある。

平易な毎日が、私の人生そのものなのだから。

 

 

登美子

 

 

 

 

見えない世界とわ・た・し。

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私は、気付いたらもう何年も前から、どうも占い師のような雰囲気を漂わせているようで、、人によっては縁起がよさそう、とか、有り難そう、、とか、言われ、そんな神妙さがあるのか?自分ではちっとも分からないのですが〜しかも、うっかりキャラでもあるので(これは自覚ありすぎる・・)、、うっかりな占い師って・・もはや、骨太なチワワ・・いや、刃物が苦手な理髪師・・位に意味不明だと思っているのですが、もう最近はうっかり浮かれた菩薩キャラでいこうかと開き直りつつあるところです(笑)

 

ともかく、見えないものが見えるような、見えない世界を信じてるような、そういう風なことなんだと思うのですが、いや、、、分からないので違うかもしれませんが、私は自分のことを、すごくそうであるような気もしますし、希有なエピソードも少しはもってはいるのですが、でもそれ以上に、なかなか標準的な臆病であるような気もします。

 

そして、意外に普通顔の人の方が、さらっと輪廻転生とか、霊の存在とか、当たり前に腑に落としていて、「すごい〜」と感心したりします。興味があるので気にしているのですが、私の周りには結構いますし、そういう見えない世界にフラットな人が、若い人に増えてきているように感じています。霊とか、生まれ変わりとか、赤ちゃんが魂だった生まれる前の記憶とか。

 

腑に落ちている方は、もはや理由はいらないと思うので、それ以前の疑心暗鬼の人たちは、「信じているか?」というよりは、「信じたいか、どうか?」ということなのだと結局私は思うのですよ。。

 

そういう意味では、私は圧倒的に信じたい派

 

雑誌の最後の星占いくらいなら、、かわいい女の子の話しに付き合う程度になら、、というようなライトな信じるには正直興味はなく、信じたい気持ちだけは結構本気です。私の雰囲気がそうさせているのか?そういう出会いも多くありましたし、そのたび毎に「この人が私に嘘をつく訳などない」と、そういうアドバイスを素直にきいてきたので、実は心ではあっさり受け入れ済みで、ここまで生きてきたのかもしれませんが、いつも頭の方では、疑ってきました。だって見えないですから。。

 

でも、結局、信じたいのは、その方が世界を捉えやすい・・って感じているからなんだと思います。そして、なにより、美しいですね。

 

信じる方にスイッチをON

 

・・そんな私のことを、信じる方にスイッチをONした、超気楽なテレビのひとについてお話します。

 

すばらしいマジックはタネと仕掛けが分からない。そのために、すばらしいマジックには気迫が漂います。この紹介するテレビについて、気迫がなく、子どものような素直さとヌケしかありません。それが逆に私のスイッチを押しました。

 

「スピリチュアル女子大生CHIE」ちゃん

もうなんか、はなっからインチキ臭いですよね〜笑

動画で検索すると、芸能人と会って、家の中の様子や亡くなったおじいちゃんや未来や過去についていいあてたりする番組が出てきます。同じ見えない世界を語る人でも、例えば美輪明宏さんとか経験豊かで、生きる真理を勉強されている方のお話などは、別に霊とか信じてなくても、それ除いたって、とても立派なお話な訳ですね。でも、CHIEちゃんったら、もう、ただ見えるだけなんです(笑)見えて当たって驚かれるのだけど、真理がないんですね。人生経験も足らないので、今後の男女関係で難しいことがある〜と、そんなことが見えていても、どんな言葉で目の前の芸能人に伝えたらいいのか、大人としての解釈が出来ない訳です。まるで子ども。。

 

だから、彼女のことを、やらせだとかバッシングする人も当然出てくるのですが、この純真さや、彼女がウソついてない事くらい、素直な目と心で見てれば、分かります。最初っから疑ってみたら、疑う以外にはどのみちないでしょうし。

 

もう一人が

志村どうぶつ園にでてる「動物と話しができるハイジ」さんです。

見事です。ハイジさんをうたぐっても、動物たちがウソついたりしないですから、動物たちの様子をみていたら、ウソじゃないな〜と感じられます。ティッシュなしではこのコーナー見られません。

 

安心してください(?)これもウソだという人がネット上にたくさんいます。信じたくない人は、そっちにのればいいのです(笑)

 

わたし、この事象をみて本当かどうか?は分かりませんが、彼女たちが嘘つきかどうか?についての判断には、自信がある訳です。

それで、「どうも私は見えない世界のことを腑に落とせたらしい」、、、と感じたときの達成感ったらなかった訳です。長い間、うんぬんかんぬん考えてきましたからね。これまでも、真理を語ってくださる方たちのアドバイスで助けていただいた事もあった訳ですが、どこか頭で消化していたのが、まさか、、この緩いテレビ番組で腑に落ちようとは予想もしてませんでした。。

 

私の何が変わったか?

 

がーーーん。。すごくショック。。。結果暮らしは何も変わりませんでした。。残念すぎるほどに、期待をうらぎってくれました。もし見えない世界を信じられたら、何かが大きく変わると思ってたんです。。でも、翌日から普通に暮らしていたらそんな事いちいち気にしたりしないんですね。

ぱっと目先では、なんも変わりません。急に鼻が2つになるわけでもないし。。ごはんは食べて、仕事して、寝て。

 

だから、信じてようが、興味なかろうが、別にどっちでもいいんですよ。

 

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開放と永遠

 

ただ、多分、より出来事の深刻さと厳格さから開放されたように思います。一方で、背筋が伸びるような心境です。

 

だって、、どうせまた生まれ変わるんですし。いい事も悪い事も起こるんでしょうし。甘い&しょっぱいの繰り返しのおいしいエンドレスな人生の輪廻ダンス。一方で背筋が伸びる気持ちになるのは、今やりすごしちゃっても、ステップをちゃんと踏めるまで、何度となくチャンスが来ると思えば有り難いお話しですが、ハードルを越えないといけない・・飛べるまで・・ステップを踏めるまで・・ということですからね、、所謂自ら飛び込む修行ですね。。。

 

いつかの自分のために

思いやりのある方というのは、未来のこの世の中について想いを馳せて、日々の色々な選択をしたりします。想いが及ばない人は、「どうせあと何年後かに俺は死ぬんだから。」と、目先のことだけを考えて行動しがちです。そういう人でも、また生まれ変わる〜と思ったら、いつかの自分のためにも、何かが変わるのかもしれません。あくまで想像ですが、そんな風に愛を育てるための素地となりえるでしょうね。

 

気持ちの奥行き

UFOを信じる人は、霊?魂?などを信じる人と一緒にされたくない・・と思う人もいるんでしょうけど、でも、物事の捉え方に奥行きができる〜という意味においては、同じです。(ちなみに、UFOの方はまだ腑に落ちてませんが、それらしいものを見たことはあります。いたらいるんだね〜でしかないな。だっているんだったら、いるんだし。会えたときに考えます。)

 

今布団の中で、亀の甲羅のように布団をかぶってパソコンうっている私は、まさに今碧い星の上の山奥の谷間の家で、星にまるで針の先ほどにも及ばないミニチュアのようにへばりついているのです。銀河系の宇宙の先には、宇宙のキワがあるのでしょうか?その中に浮かんだ星にぺたっとくっついてる私を、時折りイメージできることは・・そこにまた別の生命がいるのだとおもって、自分の場所から、見えないその場所までの間の感覚を捉えようとイメージすること自体が、その人の世界を大きくゆったりとさせてくれます。全く価値感の違う生命体がいたらと信じられたら、自分たちが信じている世界や価値感をたまに疑ったりして自由度をもって見つめることができます。

 

転生するかもしれない奥行きに、宇宙の奥行き・・終わりの見えない果てしなさの中で、自分の失敗が小さく感じたり、何度でもやりなおすしかない、、やり直せることは、人をゆったりとさせ、また自分に対して誠実にさせます。

 

そういう意味で、自然はすばらしいです。季節が変わるたびに、生まれて死んでいく〜その繰り返し。

 

正直言うと、私は個人的には、別に私が死んで、なにもなくなってもかまいません。少し火葬場から出た煙の中に、私の要素があって、それが大地におちて、草木と馴染むとうれしいな、、という位の期待です。(出来れば森と海に散骨希望。。)

 

その上で、魂のようなものがあると思えるのは、私にとって愉快で楽しいことなんでしょう。何より、美しい。さっきも言いましたね。。

 

興味がない人は、この文章にさえ興味をもちません。でも〜ここまで読んでもらって、尚かつ信じられん!と思う人は・・まんざらでもないでしょう(笑)ほんとは(大笑)

 

真実はひとつ

 

ただ、あるものはある。めぐるものはめぐる。

UFOだって、宇宙人だって、いるものはいるし、あるものはある。ないものはない。

 

私たちが何を信じようともね。

 

私が ここにいるように、

あなたが そこに 生きていてくれるようにね♪

 

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〜この気持ち届くといいな。

てんやわんやで平和な自分を育てる

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あれれ?

 

ブログを意気揚々とスタートして、もしかしたらある程度の人が陥ることなのかもしれないんだけど、書けなくなってしまった。あっさりと。確かに、忙しすぎてゆっくり考える時間はない、こんな時は寝る方が大事、、うん、それも確か。ただ、書くことはある。書きかけは10個以上ある。書きたいこともある。でも、書き上がらない。

認めてほしい〜とかなくはないが、まだ自由に書きたいことを書けることの喜びの方が大きい。すごいのを書くつもりもない。私なりのを書きたいだけだ。

 

なのに、、

 

何故だろう?

 

もしかして、、、もしかして、、!!!

 

ちょっとどきどきしてるけど、、もしかして、、「自由でいいんだ!」と分かったことが最も重要な事だったんじゃないのか?

 

、、、、きゃぁ〜〜〜!!!

 

 

本来の私はもっとゆったりした人(笑〜もっとです!)

 

だいたい私は、本来、そんな大上段から何か言いたい人なのか?と思う。人前に立つのは苦手じゃない方なんだろうけど(上手かどうかは別ね、別)、一人だけ偉そうに何か言うのに興味がもてない。。あくまで輪の中で、一人の意見として、言いたいだけ。自信の有る無い・・とかじゃなくて、経験して分かったことも理解の深さも年の差も、あくまで役割や段階だと思ってるだけだから。若くて未経験だって、私より立派な人はたくさんいる。

 

先日、ちょうどそんな事を考えされられることがあった。

 

年下の女性の友人(“女友だち”って言うにはお世話になっていてご縁が深すぎる)がいるのだけど、この画像を送ってくれた。沖縄の波照間島で撮影して送ってくれた。漫画『タッチ』のみなみちゃんだ。この砂浜の砂がかかり太陽で褪せた、島の誰かがその昔むかしに手描きしただろうこのみなみちゃんに、「若き日の登美子の幻影を見た」・・と送ってきてくれた。私が波照間島に行ったことがあって、その話をしたことがあったから。

 

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みなみちゃんに関しては詳しい訳じゃないけど、一つ言えるのは、漫画の中ではヒロインだから大層に扱われているけど、ただの幼なじみとの結婚を夢見る普通の女の子だ、、ってことだ(たしか新体操上手過ぎで、幼なじみは甲子園行っちゃうけど。笑)

 

そうなの、そうなの。

 

私、流れ流れで、今ここにいるが、田舎から東京に出てきて、

 

・何か特別な者にならないといけないような緊張感

・必死で生きないと生きていけないような切迫感

・何かしらの周りも認めるような自分らしさを発揮しないと生きている意味がないかのような思い込みがなかったら、

 

私、、自分の母のような、ゆったりとした専業主婦でよかったのかもしれない。

 

・結婚しても離婚するかもしれないのだから女性だって仕事はもっていた方がいいとか、そんな風な焦燥感だったりとかなかったら。。

・人一倍有能なのがすごい人であるのだからとか、、色んな未来の不安にたゆたうような弱い自分でなかったら、

 

そしたら私、地域の中で、出会う人出会う人に好奇心いっぱいで、心を深く通わせるのが大好きな、よく笑いよく泣く、そんな子どもだった私は、そのままでいられたんじゃないのか?もっと、自分が何者か?なんて考えずに、ゆったりと微笑んでいられたはずだ。

 

私は、ただの私でありたかったはずだ。みなみちゃんがゆったり微笑むみたいに。。。

 

 

目線が変わった大学時代

 

でも、私は大学時代通して、また仕事を見据えて悶々としていたときに、「生きるとはなんぞや?」などと深く思考してしまい、目線が変わってしまった。

 

それまでは、温かな家庭で育てられてきて、心も平和だった。そりゃぁ色々とあったけど子どもの見る狭い世界でのできごとで(今から振り返ればだけど)、親に支えてもらって越えてきた。自分が強いとか、全然えらそうな事は言えない。

 

〜世界の困難な状況にいる人のことを知るまえ、戦争について考え込む前、地球環境の危機や、自殺してしまう人たちや、そんな人たちの事に思いを馳せるようになった私は、昔と何かが変わってしまった。何か具体的にできる訳でもないのに、心の平和に穴ぼこがたくさんできた。平和で比較的平らな大地だけど、穴だらけになってしまった。ちょうどバブルが弾けたころだ。元々バブルの浮かれたのにあまり乗ってなかった私は、あの時代自体に退けていた。

 

子どもの頃から、自分のいる場所は、人としての情を通わせることのできる優しい世界であってほしかった。それを作りたかったし、子どもなりに出来ることはやった。全部自分からでしかなかった。自分からでしか。お節介な小さな女の子は、世話焼きな学生になり、でも、お世話好きになりたかった訳じゃなく、優しい世界を自分の出来る形で作っていきたかっただけだ。だから自分が平和でなければいけなかったはずなのに、不安定なまま、希望だけをもって、家という形から出た。そして社会に出てしまった。

 

あんまりへそ曲がりになることなく。へそ曲がりになることは、もっとも嫌だったかもしれない。だったら、真っ向から傷つく方がよかった。

 

ここ数年で、世話を焼く=愛みたいな〜なんか変な形に自分をはめこんで、多分世の中的にはそれの方が分かりやすいんだろうけど、都合よくそういう自分を無意識的に使ったときもあったのかもしれないが、違和感だけがずっとあった。

 

でも違うんだ。やっぱり自分を大事にすることからしか始まらない。お節介は愛だからじゃなくて、私なりの世の中への積極的な関わり方だ。馬鹿馬鹿しい言い争いはまっぴらごめんなのだ。苦しんでいる人たちがたくさんいるのに、自分の心が余計なエネルギーを使うことのアホらしさ。なのに私の未熟さよ。。。

 

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小さくても幸せな世界から、まずは作っていきたかった。こんな風に言葉に出来る前から、ずっと。

 

でも、自分の中に小さな争いがなくならない。それに、ちょっとした酷い考えが頭をよぎることがある。そんなときは、えっ!私ひどい!!?と驚いてしまう。あれはなんなんだろう。。子どもがケガをするような想像もよぎることがあるから、そうしないように、、そうならないように、、というイメージかもしれないけど。。ただの私の悪い心なんだとしたら、恐ろしい。。。

 

だから今、争いでなく、もう1回自分の中の平和を育てている所だ。

 

自分の中の平和を育てるとか、周りの人には地味すぎて気づけないだろうけど、でも、積極的にだ。

 

“ふわふわ”としていたい。

 

言葉が違うかもしれないが、“ふわふわ”とゆったりしていたい。すぐに、どこにでも目がいく、不定形で柔らかいもの。だから、とても速い判断ができるときもある。ゆるんでいるからこそだと思う。

 

“ふわふわ”という表現があってるかどうか分からないが、、そういうの、もっと得意(?笑)だと思う。“ふわふわ”してても、真面目にきちんと仕事もしたい。それは相反することではないと思っている。

 

何故“ふわふわ”していちゃぁアカンと思うのだろうか?キリキリしないと仕事ができないのか?出来ないから、みんな必死になってるだけじゃないのか?私だって、必死になるときはなってるよ・・“ふわふわ”したお間抜けにみえるかもしれないけど(笑)。逆に“ふわふわ”しているから余裕があるとも限らないし(大笑)。

 

私が“ふわふわ”してたら、誰かに迷惑をかけるのか?

 

“ふわふわ”開放させたら、私の本来のパワー・・自分の中の思いやりや積極性がどんどんすごい事になるような気がする。

 

もっと自由に・・もっと自由にさせてやりたい。

 

私の人生は、私が一番大事にしてやらないと。

 

特別でなくていい。

 

特別というか、あなたはあなたしかいないのだから。

 

これは事実だ。

 

ちがうのだから、抗っても仕方がない。

 

ちがうのに、同じでいろ〜という方が無理がある。

なのに、普通普通とみんな言う。

 

違う違うという方が、現実でしょう?

 

違うのだから、その人なりに大事にしたいことを大事にしていけばいい。

 

私は、自分の中の平和を育てている。それが、平和への貢献へと続くと思ってる。

 

〜だから、また、こうして私の平和育ての奮闘を書いていこう。

私なりの文章を。

ふわふわ・・ぽんっ!と弾けて、自由に柔らかくありながら時に強く俊敏な心で、たくさんみんなで笑って生きていきた〜い!!

 

そして、母のように落ち着いてられない最大の理由、、、私のこの好奇心!

この好奇心も、もっともっと自由にね☆

 

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〜この想い、届くといいな。

透明であればあるほど感動する♪ハレルヤ3選

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人は透明な管である

 

私は、自分のことを、透明な管である・・そういう風にイメージしている。まさに筒抜けで、何かが通り抜けるだけの体という管。

 

現実的にも、食べ物なんて、例えばそうだしね。結局出て行くけど、その間で何かしらの別のエネルギーに変換していくこと自体が、生きるってことなのかなと。歩くこと、仕事すること、泣くこと、笑うこと、歌うこと、踊ること。

 

透明な管がにごれば、なにか重い気分になるけれど、なかなか普段曇りのないような透明でいるのは簡単にはできない。自分に馬鹿正直な人にとっては他愛のないことだが、だいたいの普通の人は、周りの人にどう思われようとも!と、心を強くもち、日々の選択を研ぎ澄ますことが必要になってくるだろう。

 

心の酸化

 

私が言う透明でいるという事は、基本的には心のことなのだけど、道具としての体の方も、老いる・・枯れる〜でなく、腐敗、、酸化しているような体になる理由が心とリンクしているようなにごりを持つ人だと、距離をとりたくなる。多分こんな風に考えないだけで、大体の人がそう感じるものだと思う。例えば、昨夜遅くに、次男の受験結果のことで落ち着かず、久々にスナック菓子にとりつかれた私の体も今朝は酸化気味・・こういう事が繰り返される人のことだ。逆に、透明代表の生まれたばかりの赤ちゃんの美しさは格別だ。

 

だから、そういう透明な管のような人に憧れる。

 

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私のお手本、透明すぎて感動する♪Hallelujah 3選

 

昨年末から私はレナードコーエンの♪Hallelujahブームである。いや違うか?Jeff Buckleyがカバーしたバージョンかもしれない。たまたまfacebookでクリスマス以降に立て続けに3つ現れたのだが、みんな透明な管であった。この歌っている人たちの自分の使い方は、まさに私が生き方のお手本にしたい所で、何度も見ても飽きず、繰り返し観てしまった。聴くだけより動画を見た方がいい。

 

曇りなくまっすぐに自分という人間を使いきる〜というのは、こういう事だと思う。私の文章は、まだ全然、この歌たちのような透明さで人の心を揺らすことなどできないが、この♪Hallelujahを歌う人と同じように書けるようになりたいと思う。

 

透明度120% ♪Hallelujah この少女のように生きたい

etcanada.com

 

 透明度110% ♪Hallelujah この神父さんのような茶目っ気のある人になりたい


 

 

透明度100% ♪Hallelujah 歌姫3人も素敵だけど、この観客のように真っ直ぐでありたい


 

 

ルーファス・ウェインライトレナード・コーエンの名曲“Hallelujah”を1500人のコーラス隊と共にカヴァー。この時のコーラス隊の人たちも素敵。

Choir! Choir! Choir! Epic! Nights: Rufus Wainwright + 1500 Singers sing HALLELUJAH!

 

♪Hallelujahという歌自体が、人の心を美しく力があるのだろう。是非1度ご覧ください。

 

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〜この想いあなたにも届くといいな。

 

 

 

 

 

自分の人生について考察してみる 〜私のやったバイト9つ〜

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 気付けば私は“将来"にいた

 

先日、イベントの打上でボランティアをやった大変愛らしい大学生の女の子たちとお酒を呑む機会があって、みんなこれからの就活について、悩んでいるところだった。それならばと、仕事についてこれまで私が考えてきたことを少し話ししたら一生懸命でこれからの就活への緊張感をヒシヒシと感じたので、何回かに分けて仕事や人生について書いていこうと思う。何しろ、こっちは“将来"について考えてきた20年以上の先輩である(リアル親子の年の差)。そして、実際問題、彼女たちの言うところの、“将来"に私は立っているはずだ。たった一人の経験とは言え、体験談として聞いたら、へぇ〜と思うことも、もしかしたらあるかもしれない。多分大半の読者がいい大人だろうけど(笑)。

 

 

未来は過去の中にある

 

私は、若い頃から“将来"についてずっとあれこれ考えていて、ある瞬間から<未来は過去の中にある>という心境にいたった時があって、過去について掘り下げまくっていた時期があった。なりたいもの、やってみたいこと、は、すでに自分の中にあると思えたのだ。そんな訳で、掘り下げまくっていた時期を思いだしつつ、今だから掘り下げられる部分含め、今から私の20年以上前のバイト経験をとっかかりに、“将来"について、これから何回かの投稿で振り返ってみようと思う。

 

・・では、まいります。

 

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大学時代の9つのバイト 〜バブル後半のこと〜

 

さて、みなさんは、どんなバイトをしたことありますか?

書き出したら、予想以上にバイト先が多すぎて、バブルの特徴だったのか?みんなこんなものなの?と、驚いている。多分単発のバイトなんて忘れちゃったのもある。1回交通量調査とかもしたことあったよなーー??(ぼんやり、、)私は、割合気が長いので、1年以内にやめたバイトは(短期募集のバイト以外)ない。授業もまぁまぁ真面目にでていたから、それ以外はほとんどバイトしてたんじゃないの?という、掛け持ち感が見える。。やった順番は曖昧だけど、全9つのバイトです。

 

【】内の言葉が、仕事選びのキーワード。はその時の気持ちや出来事

 

 

・その1:”接客業” ファーストフード店

 

私が大学にはいってすぐの、人生初のバイト先。自宅最寄り駅前にあるファーストフードのお店のバイトを決めました。【駅近】学校の行き帰りに寄れて便利がよく、【時給】もそこそこだったから。全身ピンクの制服も抵抗あったけど着れないほどではなかったし、【自分にもやれそう】だったからです。【親友も一緒】だった。実際社員さんたちもいい方たちばかりで、親切にしていただきました。最後はハンバーガーのストックのコントロールも任される位にまでなれて、仕事としても楽しかったです。

店長さんが、浮浪者のおじさんのために、時間過ぎた廃棄のハンバーガーを分かりやすくきれいにゴミ箱に(捨てるんじゃなくて)入れていたのに、強く共感したな〜(いや、そう私に見えただけかもね♪)優しいお父さんみたいな店長さんだった。

バイトで一緒に働いていた女の先輩は、なんとそのままそのファーストフード店への就職にチャレンジをしていた。私は、あのせわしない応対は仕事として本格的に取り組むのは無理だったなー。ずっとテンション上げっぱなしだし「いらっしゃいませー!」笑顔付とか。

 

25才位の独身男性社員 更衣室 押し倒される 期待しているような事は何もないよ ドーンってしてやったさ 恐い思い出ではない  実はただの青春か? 男の子は仕方ないな〜 若い女の子は大変 彼に言ったらキレられそうで内緒(笑)/1番長かったかな

 

 

・その2 ”接客業” 紳士服店

 

家から自転車や徒歩で通える場所にあった紳士用スーツを目玉に扱うチェーン店でバイトをしました。要因としては、【近所】【飲食業以外】【清潔感のあるイメージ】、【大手の安心感】があったからです。

 

私はカジュアルコーナーでなく、バイトで私だけ何故かスーツ販売担当になり、かなり売った方だと思います。セミオーダーとかお直しとかも受けてました。接客はむいていたし、親身になって一緒にお客さんのために働くことの喜びを知りました。よくあるパートさんの微妙なひがみっぽい世界観に疲れてしまい、私自身に対してはたいして何もなかったのですが、長居は無用と1年位でやめてしまいました。

 

サラリーマンのお父さんたちの仕事道具 一緒に選ぶの楽しい 母がテーラーだからかな お役に立ちたい /パートさんの若い社員いじり 呆れる /閉店後 男子先輩 人生初のメスっぽく見られる 嫌な感じ そういう目でみないでよ! 危険回避 若い時、嫌いと好きがよく分からなくなる瞬間あるね。ね?え?!ない? 無事です 若い女の子は大変 /自前の白ブラウスに濃紺フレアースカート

 

 

・その3 “家庭教師” 

 

従兄弟の息子が生徒。従兄弟に【お願いされて】【気楽】な家庭教師をやりました。小さい頃から面倒みてた4つ年下の【親戚のかわいい息子】で、【時給が普通のバイトより高かった】し。えるのは、どうなんでしょう?一応大学受験したので分からないことは何もなかったし、親身になってがんばって教えましたが、小さい頃から一緒に遊んだ者同士の甘えがなかったとは思えませんね。

高校生の思春期相手 なんとなく甘い空気感 今、もう40才すぎたよね〜音信不通 /1年ちょっと週1

 

 

・その4 ”接客業” 派遣バイトでの店頭販売員→専属バイト

 

初めて登録制の派遣バイト(この仕事のこと俗称で”マネキン"って呼ばれてたなー)を体験しました。その場に知っている人がいない&毎回場所が違う仕事にドキドキしました。二つ目位にやった店頭でのペットフードのサンプル配布〜商品販売営業の仕事だったのですが、最初やるまでは不安だったのですが、やってみたら立ち仕事は大変だけど若かったし【簡単】【時給がまぁまぁいい】【人間関係が面倒でない】ので、配布も販売も順調で、その会社の営業社員さんに可愛がってもらい、結局派遣をやめ、その会社の専属のバイトになって時給をぐんっ!と上げもらえて、さらによく売ったので、ぐんっ!ぐんっ!とあげてもらったのですが、だんだんその既婚男性の社員さんとの距離感が不安になって、やめました(大笑)。若いって大変ですね〜。

 

ギラギラ営業さん 特権乱用 「今度仕事ない日にご飯でも・・」節操必要でしょ 若い女の子は大変 無事です /これは半年くらい?

 

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・その5 ”接客業” デパート紳士靴売り場

 

バイトの情報雑誌で見付けて、今度は【大学近く】の某有名デパート紳士靴売り場でのバイトに、面接をして決まりました。地元のバイトより名古屋の都心の方が【時給がよい】【紳士服店での経験を活かせる】自信があったので、記憶にないですが面接も落ち着いていたと思います。

紳士服店のベテランのパートさんたちの若い社員いじりも“あるある”でしたが、デパートのこのお局社員さんの新人社員イジメも退けましたねー。せいぜい週2しか入ってない私でも2、3回はバックヤードで泣いている新人社員さんを見かけましたもの、、気の毒で、新人社員さんの肩もってました。私その仕事なくなっても困らないただのバイトだから、結構キリっとしてたなーー。。まぁ、、ここでも売りましたが、デパートの女ワールドに呆れて長居は無用と、こちらも1年ほどでやめました。 

女社会 大人のいじめ ほんとに呆れる /働くお父さんの仕事道具 靴選ぶ仕事は楽しい お役に立てる喜び

 

 

・その6 ”接客業” 大手CD店

 

家の駅から近いモール内にある大手CDショップのバイト。やっぱり【駅近】がよかったのと、【やったことのない職種】だったこと。あ・・あと、この頃イカ天ブームでゆるいコピーバンドやってて、レンタルスタジオだとか楽器屋さんとかに出入りしていたから【興味あった】のかも、もうぼんやりですね〜(大笑〜ちなみに私ベース)。ここではメインは接客のバイトだったんだけど、 結局は、POP書きの仕事を主にしました。私は中学のとき美術部で手描きレタリング(昔はパソコンないからねー)が得意だったので、ポスカをつかって、ひたすら新譜の情報を書いて張り出したり、本社から送られてくるアルバムのポスターなどをつかって、季節感のあるディスプレイを作るお手伝いしたり。

ここは年配男性社員1人に働き盛りの男性社員さんがもう1人、若くてしっかり者の地元女性社員1人で、今回は不埒な事態に追い込まれることなく、楽しいお仕事でした。音楽を聴くのが、もっともっと好きなら社員を考えたかも。いいお店でした。

 

ディスプレイの仕事楽しい POP描き楽しい 品のいい社員さんたち/クラシックはCD検索が大変!演歌のカラオケ用のカセットテープ検索もまいった 

 

 

・その7 ”接客業” 大手結婚式場の待合喫茶コーナーのウエイトレス

 

親戚の【おばさんに頼まれて】パート先の人員不足の助っ人として、手伝い頼まれるとたまにバイトをしにいった、結婚式場の待合喫茶コーナーのウエイトレス。パートの年配の女性3人との仕事。待合のお客様にお茶のオーダーを聞いて無料で提供するという割合淡々とした作業だったけど、結婚式場の色々な仕事内容が分かって面白かった。忙しい日に呼ばれるからだけど、本当に式場の仕事は忙しいですね。でも、めでたいお席の仕事は笑顔が多くて気持ちがよかったです。

最後フリーの司会業の方と顔なじみになって、「司会業向いていると思うから、大学出たら、やったらいいのに。」と景気のいい時代だったので気楽に言われたけど、正直そのときは、自分に向いているのか??私の何をみて言っているの??とか、意味が分からなかった。。ほんの一瞬仕事にすること考えたけど、未知数すぎでした。

 

万が一司会業やってたらウッカリが過ぎて、仕事無くしてたかも 自前の白ブラウスに濃紺フレアースカート

 

 

・その8 ”接客業” 長野県リゾート地のお土産屋さんのバイト(夏休みの住み込み)

 

1ヶ月半ほどの住み込みのバイトは、【バイト代が高い】ので卒業旅行のお金を貯めたかったのです。その上【観光気分も味わえて二度お得】(実際そうでした)だし、長く付き合ってきた彼と煮詰まっていたので【気分転換】も兼ねていました。

ファミリーでやってらっしゃるお土産屋さんと併設の蕎麦屋の仕事に、6人くらいの若い子たちが夏中泊まり込んで働いて、楽しくないはずがありません。ただのバイトですが、毎シーズン同じように若い学生を直接バイトで雇用していて若者の育成的な目線をもったご夫婦で、大人としてきちんとされてて素敵なご家族でした。感謝しています。

 私がその夏一番の長い滞在者で、一番年上。色々任せてもらいました。店の什器位置と商品のレイアウトをほぼ変えて(小学生の頃から友だちの部屋を片づけるの趣味・・その話はまたいつか)、つり下げ看板とかも作り直して売上げを上げました(大笑)。このときに、ラッピングの箱づつみの腕を磨きました。逆に、忙しくて昼時はてんてこ舞いの飲食店の方では、マイペースな私は戦力外通知をだされ(←きゃ〜〜!思い出した・・そうだった!!大大笑)、おみやげ屋の看板娘として夏中店番をしました。いい思い出です。 

リゾラバって知ってる?(死語) 彼と微妙だった頃 でも彼いるから 彼すまん 手もつながず 分かれ際のラブレターありがとう また会う約束したけど彼は駅には来なかった 青春

 

 

・その9 ”接客業” 沖縄の離島の旅館での雑務&併設の飲み屋の接客のバイト(住み込み)

 

女友だち2人での沖縄での卒業旅行にきた最初一ヶ月半、旅に出てきたのにお金がない・・という今振り返っても意味不明な事を言い出す気ままな【友だちに現地で誘われて】沖縄の離島の旅館での住み込みのバイトをしました。住み込みのバイトの経験があったので【気楽に楽しめそう】だったし【楽しくてバイトもできて一石二丁】と思い、結局全部込みですごく楽しかったーーー(けど、色々あったんですよ)、書ききれません。友だちはその島から去ったけど、私一人、もらったバイト代を開封もせず、そのお金で泊めてもらえるだけ宿泊してから、石垣島に移動して、旅をつづけました。

 

青春 兵庫から来てた男の子と爽やかな思い出 何もないってば 碧 青 海と空 毎夜毎夜の飲めや歌えでカチャーシー カラオケ本の半分は民謡 泡盛のまわし呑み やまとんちゅうの娘

 

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未来は今にある

 

ここまでが学生時代。東京に出てきてからも続くけどね。

いやーーーー9のバイトかぁ。。。

【】よりの方が圧倒的に気になったと思いますが(笑)、私の青春の一部を、ほんのちょっと垣間見ていただけたかと思います。こう書き出してみて、色々分かったことがありましたので、この<自分の人生について考察してみる>はここからが本番なので続きます。

この頃から20年以上が余裕でたっていますが、今の私の場所から見ると、一つ一つの選択に今があります。そう思うと、私の今も、私の未来なんだと思うんです。みんなも今を大切に。それがあなたの明日という未来であり、将来なのだから。

 

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〜この想い届くといいな。

*お悩みメール待ってまーす! お返事として、あなたの名前は出さず、いただいたお悩み解決の閃きになるような内容を登美子節で投稿いたします♪ tomikoroom★gmail.com (★を@に変えてくださいね)