昭和のエッチネタは無くなってよかったのか?

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小学校4年生くらいの夕飯を食べながらTVをみていた夜の団欒のときのこと。

 

昨年末も紅白に出場されていた(今しらべたら御歳61才)若き日の郷ひろみが踊りながら、熱唱される。

「処女と少女と娼婦に淑女ぅを〜!How many いい顔おぉ〜!」

 

 

私は純真な小学生であった。

分からないことを素直に聞ける子どもであった。

 

少女OK!

娼婦・・分からないけど、大人の女性ね、私には関係ないからOK!

淑女・・分からないけど、大人の女性で、綺麗でお上品な人かな?OK!

 

ねぇ、、少女の前にある、処女っなぁに??

 

「お母さん、処女ってなぁに?」

 

母はギャグのようにご飯をゴホゴホさせる。

そして、そのあとの気まずい静寂。父はフリーズ。

 

だって、処女は少女の前にある歌詞ですから、自分に関係のある言葉に感じたし、、だいた<しょうじょ>から「う」抜いたら、<しょじょ>ですからね、処女の方が幼い感じ、、いや、言い訳はいらない。別に誰も悪くない。(そして奥手な私が真実を知るのには、まだ何年もかかる)

 

そんな訳で、、

 

前に書いた話じゃないが、当時みんなが大好きで娯楽の大半を占めていたTVの世界は、エッチネタに溢れていた。ドラマでも、なまめかしいシーンが使われてたし、水着はポロリ前提だったし。

 

今はどうだろう?

 

TVからは綺麗に排除されたが、ネット上ではキワどいエッチというよりは、エロと言うに相応しいアニメの広告動画が溢れている。。

 

ネットの年齢制限がどれほどのものか?は知らないが、携帯こそやれても、中学生相手に防ぎようがない。

 

あるものはあるのだ。

 

0から急に10の世界を見せつけられる子どもは、その圧倒的な有り様に、ソフトな疑問を持つタイミングがないままだ。なんとなく察していく余地がない。

 

思春期の子供のいる家で、いちゃいちゃするパパママなら少しわかるかもしれないが、妙齢の呼吸感だけで夫婦をやっているような親の元であれば、知るときは、急に10。。

 

あぁ、、私、昭和の子でよかった。。

私だったら、急にあんなの目にしたら、当分の間フリーズしてしまっただろう。

 

先日、ネットで昭和のドラマ映像を見た。「あるものはあるよ。」という感じで女優さんの演技が妙になまめかしい。急に小学生に戻ったような気持ちでドキドキした。

 

お祭りにテキ屋の叔父さんを許容するように、もうちょっとこのテレビの潔癖症はなんとかならないのかな?と、自由気ままに思ったりする。そのくせアニメの少女たちの胸は強調されすぎてるし、、なんなのだろう。こんなことでは、キューティーハニーに私は顔向できない。

 

あ〜、私も息子に急な質問なげかけられて、ゴホゴホ、ご飯むせてみたかったなー。

 

〜〜〜

 

物事は長く続ければ、簡易に誰にでもわかりやすくするために、シンプルに線をひきたくなる。仕事でもよくあることだ。ちょっと緩いルールで線引きすれば、それにまたどっちからも意見してくる人がいる。

 

なんとなく〜をキープするというのは、それぞれに言いたい人をある程度気ままに言わせつつ放っておくこととセットなので、言われる側にしたら体力がいる。味方によっては、建前と現実とが、それこそ分離しているとも取られるのだし。

 

こういうときに、私みたいんじゃなく、粗雑でやんちゃな兄さんが「うるせーなー、細かいことでぐちゃぐちゃ言うなよ。男も女も所詮みんなスケベなんだ。」と、つっけんどんに言い返してくれる感じが欲しくなる。

 

かと言って、そう言い放ってくれる兄さんと、毎日は会いたくない。

 

なかなか都合よく具合よくはいかないようである。

2016年の恋歌ベストは、舌っ足らずの桐谷健太さんの『海の声』

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30才の仕事仲間の男性と出張の帰り道〜日も暮れゆく中の東京へと向かう高速バスの中、何かの弾みで恋愛話になった。

 

この大ヒットしてみんなもよく知っている、紅白でも歌われた『海の声』。

auのCMで、目には見えない乙ちゃん(乙姫さま)の心に、やっぱり形にならない声を届けたい浦ちゃん(浦島太郎)を演ずる桐谷健太さんが歌っている。

 

www.youtube.com

 

遙かに広がる海と波の景色を前に、抜けるように真っ直ぐ歌う様子のPVは、

人の恋心や、例えば亡くなった人になんとか届けたい・・とか、そんな身を投げ出すような心持ちが、すばらしく表現されている。

 

この浦ちゃん役の桐谷健太さんは、舌っ足らずである。

歌手では特に耳につきやすい舌っ足らずも、この浦ちゃんや、それ以前の桐谷さん自身の素のひょうきんさがにじみ出ていて、愛嬌として好意的に感じる。

 

・・だいたいにして、この『海の声』は、私が若かった頃何度かLIVEにも行った『BEGIN』の歌だ。好きだったなぁ〜。沖縄は今も大好きだ。

 

・・そして、これは三線をひきながらの歌だけど、私は中野だったか?の沖縄料理の飲み屋の2階でやっていた三線教室に、奮発して12万で買った三線をもって、しばらく習いに行っていたこともあるのだ。(中途半端に小器用で、歌も演奏も初心者向けの数曲にすぐ慣れてしまって、分かった気になって飽きてしまって、やめてしまった。)

 

沖縄での卒業旅行の一人旅のときに、呑めや歌えの夜ごとの宴会で奏でられた三線の音色は、それはそれは素敵で感化されて沖縄から帰ってきたのだった。

 

島。

海。

 

月。

夜空。

 

つかめそうで、つかめない想いを、〜空間〜を越えて、まっすに届けたい。

 

紅白で歌っていたのも見たけれど、NHKホールで歌うより、やっぱりPVのように、三線には海が似合う。

 

海にむかって彼女を想う・・・そんな恋をしたことがある人は、魅力的だと思う。

 くさくて、傍からみてバカっぽ(そうな)ことを、ちゃんと通り抜けてきた人からしか、滲みでない面白さがあると思うんだ。

 

愛おしい。

なんの確信など持てなくても、繋がりたいと願う男心は、愛おしいなぁ〜。。

セカオワの深瀬くんは天才であると思う。

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私の愛車の壊れかけのRADIOならぬCDプレーヤーには、昨年の後半から今年の前半まで、ずーーーっとSEKAI NO OWARIが入っていた。

 

私は黙ってしまうとすぐ色々と考え初めてしまって、気持ちがそっちに飛んでいってしまう(ようだ)。

こういう事は人と比較しづらいけど、

子どものときには、自転車をこぎながら、カゴに入っているテスト回答のある1問が気になってカゴの中をまさぐり始め、ブロック塀に激突する〜という、子ども心に自分が危うい人であることを自覚せざるおえない衝撃のウッカリ(すぎる。もしくはコメディな)事件があった。

 

だから、運転中は、自分の人生のことではなく、別世界に連れて行ってくれる音楽が必要なのだ。だから、なんとなく素敵な、感性だけで聞く音楽だとぬるく危ないため、無意識的に選ぶと、ほとんどが日本語のメロメロした恋愛ソングになる。

 

日本のPOPソングのテーマは大体が“恋”だ。実際、恋心の世界に引っ張ってもらえるのが、一番手っ取り早いので、こちらの都合もいいし、懐かしさも相まって気持ちいい。そんな具合に歌詞に聞き入りながらも、目の前の世界(車道)を冷静に見つめながら運転できる。

 

でも、SEKAI NO OWARIのテーマは、ほんんど“恋”じゃなくて“愛”なのだ。

繊細で傷つきやすく感じやすい人にしか書けない詩ばかりだ。

“愛”の中でも、平和や助け合いなどをテーマに扱う歌もあって、深瀬くんの詩は、私の中の“情け心”なんだったら、“菩薩心”に響く。しかも、こんな支援もしているというではないか。

 

・2016年末の紅白で歌われた『Hey Ho』売上げが支援に〜NGO団体ピースウィンズ・ジャパンと日本国内の動物殺処分をゼロにする新プロジェクト「ブレーメン」をスタート!

bremen-project.net

 

www.hmv.co.jp


 

最初、息子がすごくいいよ!と言って見せてくれたSEKAI NO OWARIメルヘンなPVをみても「へーー」・・・位にしか響かなかったくせに、歌詞を聞き入ってからというもの、深瀨くんの危なかっしい天才ぶりに感動するばかりだ。

 

“恋”でなく

“愛”だけでなく、

“情け心”にまで響く。

 

girlschannel.net

 

私みたいなのをファンと言うのか?

いや、、そんなんじゃない。尊敬しているんだと思う。

 

これからも深瀬くんを応援してしまうだろう。