ぼくは、A

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ぼくは、A。

「えいじ」だから「えい」って呼ばれているのだと思っていたのだけど、
中学生にはいったころから、友だちは「A」って呼んでるんだって気づきました。

「Aにやらせておけばいいよ。」
「A、忘れたから教科書貸せよ。」

だいたいニヤニヤ笑いながら、言われていました。
だからぼくも恐かったし、嫌だったのだけど、ヘラヘラして言うことをきいていました。

お母さんと僕と妹は3人で暮らしていました。
お金がなくていつも困っていました。
お母さんは仕事でいつもとっても疲れていたけど、3人で一緒にご飯を食べると、うれしい気持ちになりました。
特に、ぼくたちの誕生日にケーキを食べたのが、うれしかったです。
あと、1度クリスマスのときに、妹がかわいいピンクの服を買ってもらって、飛び跳ねて喜んでいるのをみて、ぼくもすごくうれしかったです。

お金がないのに、ぼくは喘息で、
ひどい時は病院に入院することもあって、
お母さんに「ごめんなさい。」っていつも謝りました。


中学2年のとき、
離婚したはずのお父さんがある日やってきて、それから家の中がおかしくなりました。

最初はお母さんはすぐ殴るお父さんからぼくをかばってくれていたけど、
途中から部屋の隅で妹を抱いて、ブルブル震えるようになりました。
でも、お父さんはたまにお金を何万か持って帰ってくることがありました。
そうすると、
「ありがとう。」
と言って、お母さんは隠すようにお金をどこかにしまいました。


妹が6年生になって、
お母さんは飲み屋で働くようになりました。
夜中に帰ってきて、朝ぼくたちが出かけるときは、まだ寝ていました。
前の仕事にもどってほしかったけど、こっちの方がお金もらえるからね、っていわれて、
残念だけど僕たちのために働いてくれているんだと思って、我慢しました。
化粧品の匂いが好きになれなくて、家で咳がでるようになりました。
お母さんらしくない派手な服がふえたけれど、前より買い物とか出来るようになりました。

その頃から
「A、お弁当買ってきて。」
「A、洗濯しておいて。」
お母さんは、仕事で疲れているので、僕にいろいろと頼むようになったのだけど、
その頃から「えいじ」の「えい」ではなくて、「A」って、呼ばれているような気がしました。


僕は、高校なんて行かなくていいから、
早く仕事につきたいと思ってました。
それか、夜間高校にいって、日中は仕事して、無理かもしれないけど、いつか大工さんになりたいと思ってました。
プラモデルとか、何回かしか作ったことないけど、細かい作業も得意だったから。
あと、高校にはいったらバイトは絶対して、
少しお小遣いに回せたら、プラモデルをたくさんやってみたいと思ってました。


お父さんは酔っぱらった時に限って、うちに来て、お母さんか僕を叩いたり、物を投げつけたりしました。
ぼくは、お母さんに、どこか別の場所に逃げようというと
「そうだね。」って言うけど、ぼくが最後家をでるときまで、
結局お父さんは家にいたり、いなかったりが続きました。

あるとき、お父さんが酔っぱらって、お母さんにビンタをしようとしたら、
間違って妹に当たってしまい、身体の小さい妹は壁になげつけられ頭から血がだらだらでてきて
気を失ってしまいました。

僕は、お父さんに殴りかかって、勢いで机にあったセロテープ台で
お父さんを殴ってしまいました。
そんなことをするつもりはなかったけど、そうしたかったのかもしれなくて、
自分では分かりません。
気づいたら、何度も何度も殴っていました。


部屋の片側には妹が倒れていて
もう片側には、お父さんが倒れていて動きませんでした。

多分、お母さんが救急車を呼んだんだと思います。
隣のおじいさんかもしれない。

お母さんが、妹が救急車に乗せられるとき、
「お願いです!その男と娘を同じ病院に運ばないで!」
そう言いましたが、結局同じ救急車で運ばれていきました。


ぼくは一人で、血がとびちった部屋にいました。

そのあと警察がきて僕は捕まりました。

ぼくは、今度は番号で呼ばれています。


ぼくは、
ぼくは、、、





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映画「プリズンサークル」を観ました。
それを受けて、この物語りを書いてみました。

映画「プリズンサークル」は、島根の刑務所のドキュメンタリーです。その刑務所は、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを日本で唯一導入している場所です。

単純に、同じような環境で育ったら、私が同じことをしたかもしれないと思うような、子供時代を過ごした人ばかりでした。

心が壊れたんだと思いました。

でも、この流れから一人脱出できなかったことを誰も責められないと思います。

私にも、あなたにも、あり得たことです。


この私が書いた物語に続きがあるならば、やはり人との出会いの中で、ぼくの心が修復されているストーリーがあることを祈ります。


ご興味のある方、是非ご覧ください。
prison-circle.com


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悲しい気持ちにピッタリです。

www.youtube.com

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